夏で待ってる

短歌感想etc…

音忘信(@onborn6)さん『ドーナッツ・リパブリック』の感想(ネプリ『クルーラー』より)

こんばんは、夏で待ってるです。

今まで下書きとメモ帳と化していたこのブログですが、今回はネプリ『クルーラー』の音忘信さんの連作『ドーナッツ・リパブリック』の感想を書いていこうと思います。


今回感想を書くにあたって、前から順番に書いていくのではなく、まず好きな(目を引いた)短歌をあげてから、トピックスに分けて連作を読み解いていきます。

そのため2回出てくる短歌もあり、他の方の感想と比べるととても見にくくなってしまっていますが、そのかわり、連作の全体像から細部まで考えることを意識しました。


実は今回、はじめは感想を書くつもりではなかったのです、遅筆ですし。(当然、良い連作だと思ったのですが)。

しかし、あとがきの作者さんの狙いを読んで、このなんとなく良いという感想をそのままにして終わらせたくないと思い、感想を書こうと決めました。


前置きはこれくらいにして、早速見ていきましょう。




目次

①どんな歌人なのか

②好きな短歌

③雰囲気、主体について

④流れ

⑤まとめ




【①どんな歌人なのか】


まず連作を書く前にどのような短歌を作る方なのかを見ようと思います。

作者の音忘信さんは2020.8月からTwitter2021.1月からうたの日で短歌を投稿されています。


以前、#自分で自分らしいと思う既出の短歌ひとつふたつ教えてくださいというハッシュタグ

『皮肉とユーモアと真っ直ぐな目。それらを詠めたら良いです』

とおっしゃっていました。

特に引かれていた

バス停に類人猿が割り込んでとても知能が高いと思う

は作者の皮肉の要素が色濃く現れた短歌になっていました。今回の連作では、真っ直ぐな目の側面が存分に発揮されています。


また、あとがきにはテーマはお菓子、裏テーマは社会性でもう一つくらいあったはず、とありました。見つけていけたら、と思います。


なお、1.3.11.15首目は各2回引用します。

取り上げる短歌は以下の通りです。


②好きな短歌

1   4   10   14   15

③雰囲気、主体について

2   3   5   9   11   12

④流れ

12度目)32度目)112度目)152度目)


ネプリのPDFを貼っておきます。

https://1drv.ms/w/s!Agyod9tWq7oUgQaTHadgzfwqr-Zs




【②好きな短歌】


まず、はじめに好きな短歌を引いていきます。


1.誰にでもできる仕事を積み上げて社内デスクの孤島が縮む

まずはこの一番最初の短歌から。サラリーマンである主体がデスクで雑用をこなしているシーンです。誰にでもできる仕事という表現からは空虚感と主体の自虐的な様子がわかります。

この短歌の注目すべき点は「孤島が縮む」という表現です。デスクで一人、誰とも話さず黙々と仕事をすることで孤独感が増していく、というメンタル的な負のスパイラルが出来上がっていることがわかります。

この連作は、この連作を象徴するような短歌で始まります。



4.昼間より価値が下がったそれぞれをすぐ捨てられる箱に詰めてよ

次はこの短歌。題名や流れから考えると「それぞれ」はドーナッツのことでしょう。すぐ捨てられるという言い方からは、悲観的な印象を受けます。木下龍也っぽいユーモアさが好きでした。



10.むしゃむしゃと貪る間は何事もかんがえなくていいよむしゃむしゃ

主体がドーナッツを食べている間は何も考えなくて済むよ、と報告している場面です。

その相手は誰でしょうか。読者かもしれませんし、独り言かもしれません。

「考えなくていいよ」と教えているような言い方から、配信で語りかけているような臨場感と得意げな様子が伺えます。

僕が好きなのは最後の「むしゃむしゃ」という表現です。頬張っている様子やおどけている感じが聴覚として読み手に伝わってきます。



14.環状線の音が聞こえる 明日もまた流れる人に流されていく

前の短歌で聴覚に触れましたが、この短歌も聴覚に関する短歌です。流れる人という表現から電車ではないかと考えられます。夜に静かな部屋の中で外の音が聞こえると一瞬押さえつけられるような不安な気分になります。主体はその音に、流されてしまう自分の虚しさを感じたのです。



15.ドーナッツ・リパブリックが建ち上がる孤島の周りの海を埋め立て

最後は、1.の短歌と対応しているこの連作最後の短歌です。1.と対応していることを考えるとデスクでのシーンであると推測できます。

抽象的な短歌であり実際何をしているのかははっきりとはしませんが、埋め立てて国が立ち上がるので、少なくともこの短歌における「国」が広がっているということはわかります。

「建ち上がるどのように建ち上がるのか広がりながら」というように倒置にして情報を追加することにより、景がイメージしやすくなっています。細かい1.との対応は④で書きます。




【③雰囲気、主体について】


次に連作全体の雰囲気と主体について見ていきます。


雰囲気

この連作では、孤島、空洞などの孤独を連想させるような言葉が多く見られます。また、うざい、貪るなどの語気の強くなる場面もあります。それらのギャップがとても印象的でした。

また、静かという言葉は使っていないけれど、全体として感じられる静寂がこの連作の雰囲気を決定づけていると思います。

例えば次の短歌です。


11.次々に孤独を荒らす波として涙のそばにある咀嚼音

咀嚼音が直に耳に届くことにより、孤独感が薄らいでいくという短歌です。(10.から、咀嚼音が主体の頭に浮かんでしまう考えをかき消している、とも読めます。)

咀嚼音だけが聴こえているという状況からこのシーンはとても静かであることがわかります。



このような静けさがより一層主体の孤独感を浮き彫りにしています。



主体

次は主体についてです。主体について知るために以下の5首を見ていきます。


2.街中の人がタトゥーを掘ってたら僕もタトゥーを掘ったと思う

タトゥーは日本ではたまにしか見ませんが、アメリカなど海外ではファッションの一つとして定着しています。

この短歌には主体の軸のなさ、流されやすい性格を表れています。また、タトゥーをかっこいいと思う、若者っぽさも見られます。

この短歌を読んだときは、この主体もドーナッツのように芯のないような人物なのだろうかと思いました。

しかし、それ以外の要素も持ちあわせていることが次の短歌でわかります。



3.空元気セールがうざい駅中の明日には消えるドーナッツ店

帰り際によったドーナッツ店の店員の声の閉店セールを鬱陶しく感じているという短歌です。

自分とはあまり関係のないことで、苛立ちを感じていることから(もしかしたら、この主体は頻繁にこの店でドーナッツを買っていたのかもしれませんが。)先ほどの芯のない様子とは異なっています。

なんだか小市民的な印象を受けます。

また、空元気、つまりうわべだけ元気よく見せているのだと捉えているから、冷静に観察していることがわかります。



5.愛とかがわからなくなる玄関で豆電球をゆっくりつける

単純な作業をするときって無心になっていたり、次することを考えていたりすることが多いと思うのですが、この主体はそんな少しの間に愛について考えています。

先ほどの様子とは打って変わって、哲学的な青年の一面が見えます。

この短歌ですぐ苛立ってしまうキレやすい側面と、物事を冷静に観察する真っ直ぐな側面のふたつの性格を持っているようだと思いました。



9.スピッツなら死とセックスを歌うだろう食べかけのまま置くドーナツ

先ほどの真っ直ぐな側面の繊細さがわかる短歌となっています。スピッツが死とセックスについて歌うなら自分は何を歌うのか、と考えているシーンです。

ドーナッツで誤魔化すんじゃなくて、孤独感に向きあうべきだと自分に言い聞かせているようにも思えます。

(そういえば、スピッツって、あんまり孤独について歌ってる印象ないですね。内気で繊細な、でもちょっとむっつりな青年を歌ってて、その中にひとつ支配的な性質だとか、お茶目な要素が垣間見える印象ですね。)



12.満月にガーゼのような雲かかり完璧じゃないから面白い

この前までの繊細な様子から息を吹き返すシーンです。二面性を持っていると書きましたが、その二つの領域を常に行ったり来たりしている様子がこの短歌からわかります。


このような状況の中で連作の最後に大きなアクションを起こします。

最後はその流れに注目して見ていきましょう。




【④流れ】


それでは今回の連作の流れを見ていきたいと思います。なおこれから出てくる短歌は全て今まですでに一回引いた短歌になっています。


1.誰でもできる仕事を積み上げて社内デスクの孤島が縮む

まずはこの短歌です。

仕事をしているという状況を描写すると同時に主体の孤独感とやるせない気持ちを提示しています。


3.空元気セールがうざい駅中の明日には消えるドーナッツ店

次はこの短歌です。

1.の短歌では自分の抱える問題を提示していましたが、この短歌ではそれを解決するトリガーとなるドーナッツが登場します。


11.次々に孤独を荒らす波として涙のそばにある咀嚼音

少し跳んで主体がドーナッツを食べているシーンです。

今回は波という表現に注目したいと思います。

絶え間なく来る(聴こえる)という点から咀嚼音の比喩として用いられていますが、1.に孤島、15.の短歌に海が出てくること、それらを媒介するのが波であると考えると別の見方をすることもできます。(飛躍のしすぎかもしれませんが。)

それは、この連作におけるドーナッツが主体と社会を繋ぐ波の役割を担っているということです。しかも、孤独を荒らすくらい強い波(言い換えれば、衝撃)として、です。



15.ドーナッツ・リパブリックが建ち上がる孤島の周りの海を埋め立て

最後にドーナッツ・リパブリック(リパブリックとは共和制のことであり、本来は国を直接表すものではないのですが、今回の流れから、新国家のようなものであると考えました。)の建国を宣言してこの連作は終わります。


僕は、この短歌は主体の決意とアクションの両方を表している短歌だと思いました。そのためこのような抽象的なものになっていますが、1.との対応を考えると次のように推測できます。

1.では仕事をして孤島が縮み孤独感が増大しています。それでは15.では、仕事を放棄することにより孤島が広がり孤独感は薄らいだと読み取れます。これではわざわざ職場に出てきている理由が明らかになりませんが、例えば上司や同僚にもっと他の仕事をしたいと言ってみるなどの、何らかのアクションであることはわかります。

この短歌の注目すべき点は、最後の埋め立てるという力強さです。今までは、その強さがドーナッツ店などの自分の問題とは離れた部分で現れていたのに対し、最後は自分の抱える問題である孤独感ややるせなさへの反発という形で表れています。




【⑤まとめ】


それでは、まとめです。

作者さんのいうもう一つの要素は、主体の決意だと思いました。

連作全体にゆるやかな流れがありその流れの中でしっかりとした輪郭を持った主体が2つの性質の中で揺れ動く様子と、リパブリックを起こすという小事件が、犯人の目線から見るかのように静けさとともに描写されていました。


主体がどうなったのか、読者に想像させるような終わり方になっていますが、ドーナッツをひとつのきっかけとして今までとは違う姿勢で生きはじめたことは確かです。

しかし、その結末は(その決心をする過程も考えると)少し危ないものになるのではないかと思うのは僕だけでしょうか。そんな少しの破滅的な予感のする連作でした。