人魚の呪い(@yaotanka)さん『バニラ』の感想(ネプリ『クルーラー』より)
こんばんは、夏で待ってるです。
今まで下書きとメモ帳と化していたこのブログですが、今回はネプリ『クルーラー』の人魚の呪いさんの連作『バニラ』の感想を書いていこうと思います。
今回感想を書くにあたって、前から順番に書いていくのではなく、まず好きな(目を引いた)短歌をあげてから、トピックスに分けて連作を読み解いていきます。
そのため2回出てくる短歌もあり、他の方の感想と比べるととても見にくくなってしまっていますが、そのかわり、連作の全体像から細部まで考えることを意識しました。
実は今回、はじめは感想を書くつもりではなかったのです、遅筆ですし。(当然、良い連作だと思ったのですが。)
しかし、あとがきの作者さんの狙いを読んで、このなんとなく良いという感想をそのままにして終わらせたくないと思い、感想を書こうと決めました。
前置きはこれくらいにして、早速見ていきましょう。
目次
①どんな歌人なのか
②好きな短歌
③雰囲気、主体について
④要素の繋がり
⑤別の系
⑥バニラという概念
⑦まとめ
【①どんな歌人か】
まず連作を書く前にどのような短歌を作る方なのかを見ようと思います。
うたの日から下の2首を引いてきました。
(注)爽やかな青年風に見えますが乳首は既に開発済みです
天泣がさめざめ濡らす十京の放射能にて汚された地を
他の短歌も見ると純粋な面白さとシリアスな情景の2つの方向性を得意とする方だと思いました。今回はこのシリアスな側面と、今までにない一面が見られるような連作となっています。
あとがきでは、自身のことを、痛みに鈍く、体が大きいが、心が繊細であると紹介しています。そして、恋愛への虚しさが存在しているということはこの連作とも関わってきそうです。
また、今回のメインテーマは「お菓子」サブテーマ「血迷い恋」であるとおっしゃっています。
ちなみに「血迷う」とは、恐れや怒りのため、のぼせて正しい判断や行動ができなくなる。逆上して心が乱れる(スーパー大辞林3.0より)ことです。
連作では、主体とあなたが出てきます。これからバニラアイスが彼らとどのように関わっているのか、考えていきます。
なお、1.7.9.25.30首目は各2回引用します。
出てくる短歌は以下の通りです。
②好きな短歌
1 7 9 19
③雰囲気、主体について
17 25 29
④あなたについて
7(2度目)8 9(2度目)
⑤バニラという概念
1(2度目) 5 15 24 30
ネプリのPDFを貼っておきます
https://1drv.ms/w/s!Agyod9tWq7oUgQaTHadgzfwqr-Zs
【②好きな短歌】
まずはじめにいくつか好きだった短歌を引いていきます。
1.ああバニラ一瞬光りさみしさを昏さをわたしに教えたバニラ
まずはこの一番最初の短歌からです。バニラアイスでさみしさと昏さに気付いてしまい、そのバニラアイスという存在に対して嘆いているという短歌です。昏さとは、ぼんやりとしていてはっきりとしないという意味ですが、この短歌では「得体の知れないもの」として読むのが妥当だと思いました。
7.LIVEにていつもあなたを眺めてた※スポットライトの激しい点滅※
ライブ会場でステージ上のあなたを見つめている短歌です。何度もライブ会場に足を運んでいることから、この「あなた」は主体にとって「推し」のような存在であると推測できます。
僕は、憧れの人の眩しさの中には、いくら憧れて近づこうとしても完全に近づくことができない苦しさ、切なさが含まれていると思います。この短歌では、苦しいほどの眩しさがフラッシュとして主体の目を痛めているのです。
そんな感情を上手く形にできている短歌だと思います。
9.吐露、吐露、吐露 つぶやくたびに軽くなり後にはなんにも残らなかった
誰かに向かってぼやいても一人でつぶやいていても、その後の相手からのレスポンスがあったり自己解決をしたりしない限りは悩みは消えないということを詠んでいる短歌だと思いました。
初句の字余りがそのイメージに合っていて好きでした。
19.この天がさめざめと泣く間だけ君の隣を許されている
雨宿りをしている間はあなたの隣に居られる、というようなシチュエーションが思い浮かびます。その場合、主体はあなたと気軽に話す関係ではなくこちらの片想いであると推測できます。
また、雨が降る間だけ一緒に入れるというような禁断の恋であるとも捉えられます。どちらにせよ険しい恋路であることに変わりはないでしょう。
【③雰囲気、主体について】
次に連作全体の雰囲気と主体について見ていきます。
●雰囲気
この連作にある言葉を大きく分けてみると以下のようになります。
・さみしさ、冷たさ、苦しみ
・雨、海、みずうみ、時雨、溺れる、涙
・燃えている、火花、火、美しい
・甘い
さみしさや雨などの冷たさを連想させる言葉もあれば、火や燃えているなどの言葉もあります。(音忘さんの連作もこのように分けられたため、事前にお二人で決めていたのかもしれません。)
今回の連作ではバニラの甘さが追加されています。この要素がドーナッツの空虚さと対をなして、2つの連作に違いを生み出しています。
また、単語のリフレインやオノマトペ(ゆらと、ざんざん、はらはら、など)も特徴的でした。例えば次の短歌があります。
25.聞こえるか、バニラアイスの断末魔 男にはらはら喰われる時の
はらはらという言葉は、はらはらと散る、はらはらと落ちるというように使われます。食べられる側のバニラアイスのはかなさがこの擬音語によって表現されています。また、断末魔という表現により食べるスピード感が伝わってきました。
●主体
次は、主体についてです。
17.人間の罪を焼く火はこんなにもええこんなにも美しいとは
この短歌では何か耽美的な雰囲気が漂っています。具体的にどのようなシチュエーションが考えられるでしょうか。公文書など何か証拠になるものを焼いたり、お焚き上げであったり、(罪と人間、両方を焼くという意味で)魔女狩りなどが考えられます。
「こんなにもええ」という言葉から主体の落ち着き払った様子と静かな驚きが伝わってきます。25首目などからもわかりますが、主体の攻撃性が垣間見える短歌となっています。
29.声を捨て陸に上がったどうせなら猫にでもなってしまえばよかった
声を捨ててしまったので、人間ではなくて猫になってしまえばよかったという短歌です。先ほどの短歌と比べると女々しいというか、ナイーブな印象を受けます。
前後の歌から、ここでいう声とはあなたへの想いを伝える声だとすると、猫になればあなたに甘やかしてもらえるのにと言っているようにも受け取れます。
次は、あなたについて考えていきます。
【④あなたについて】
テーマが「血迷い恋」であるこの連作では、あなたがただの恋人ではないように描写されています。どのような人物なのか、考えていきます。
7.LIVEにていつもあなたを眺めてた※スポットライトの激しい点滅※
②で少し書いたようにアイドルか、バンドかはわかりませんがアーティストであり、主体の推しであることがわかります。
8.あなたへの逆さに咲きし曼珠沙華、火花のような刹那を交わす
逆さに咲きし曼珠沙華というのは、観客側に開かれた花のような何かであるということからビームのようなものだと解釈しました。(数年前に行った椎名林檎のライブでビームがたくさん観客席に注がれていて、その経験によるものが大きいかもしれません。)
あなたのライブの華やかさがよくわかる短歌となっています。
9.吐露、吐露、吐露 つぶやくたびに軽くなり後にはなんにも残らなかった
あなたについて上の2首から考えると、あなたはライブを開催している、それもかなり大きい規模のライブを行うことができるくらい知名度の高いアーティストであると考えられます。
そのことを踏まえると、この短歌はTwitterで呟いているというようなシーンであるとも考えられます。なんにも残らなかった、という言い方には、どんなに呟いても自分とあなたを繋ぎ止めるものも手段もないという状況を表しているようにも読めます。
【⑤バニラという概念】
この連作を読むと、このバニラがただのアイスだけをさしている言葉ではないということはわかります。では具体的にどう描写されているのでしょうか。
最後に今までの事柄を踏まえつつ考えていきたいと思います。
あとがきには、お菓子というモチーフに誤魔化しや虚飾のイメージを抱いている、とあります。そのような部分も合わせて考えていきます。
1.ああバニラ一瞬光りさみしさを昏さをわたしに教えたバニラ
先ほども引いた1首目の短歌です。バニラは主体にさみしさを教えた存在として登場します。そして、なんで教えてしまったんだと嘆いています。
なぜさみしさと昏さを感じたのでしょうか。それは、バニラアイスの持つ白さと甘さが現在の主体の状況と真逆であるからだと思いました。
主体の求めている恋の甘さと明るさを味覚と視覚として実感してしまったのです。
5.悲しみのエッセンスつまりわたくしを一滴垂らしてあなたをバニラ
この短歌は解釈の難しい短歌でした。私をあなたに注ぐことによってあなたをバニラのような状態にするという短歌です。
「バニラのような状態にする」という表現では何か侵襲的な印象を受けます。
そのため、上でバニラは甘さと明るさの象徴であると書きましたが、それだけではなくこの短歌にはその裏に隠れた虚飾であるという見方も含まれていると思いました。
15.いつからか冷めてしまったコーヒーのバニラアイスを沈めて遊ぶ
続いて、そんなバニラをつついているシーンです。単につつくだけではなく遊んでいるという表現から、主体のバニラに対する優位性とバニラへの攻撃性が表れているとも考えられます。
24.変若水と人魚の肉を求めゆく人は誰でも老いてゆくから
食べると不老不死になる食べ物を詠んでいる短歌です。
この短歌では、直接バニラを詠んでいるわけではないのですが、バニラに対して、俺がほしいのは甘ったるいだけのお前じゃないんだぞと暗に言っているかのようです。また、甘さで無能さを誤魔化しているんじゃないぞと言っているようにも思えます。
最後の短歌の呪いにも関わってくる短歌だと思いました。
30.嗅覚と味覚の呪縛食べるたびあなたを想う、呪うぞバニラ
上で恋を連想させる甘さであると書きましたが、そのため食べればあなたのことを考えずにはいられなくなってしまうのに、どんなに考えてもあなたを自分のものにすることはできません。
そんなやり場のない思いを呪うという言葉で表したこの短歌で、この連作は終わります。
最後までバニラに対する誤魔化し、虚飾のイメージは消えないのでした。
【⑥まとめ】
それでは、まとめです。
雨や涙で濡れて。それでも憧れを抱えたまま生きていかなければならないとします。では、その行き場のない思いはどこへ向かうべきなのでしょうか。
あなたに触れることができない主体はその感情を、バニラにあたることで発散することを選びます。
そして連作の中でバニラはさみしさ、甘さを持つだけでなく、虚飾などの負のイメージも含まれています。そのことが主体の感情と、この連作全体に深みを持たせていると思いました。
最後に。
恋は盲目という言葉があります。
恋におちると理性や常識を失ってしまうということですが、今回、被捕食者の側であるバニラを用意することにより、主体の激しさを効果的に表現することができていたのではないかと思います。